3年

Posted by музыка on 19.2014 日々徒然   0 comments   0 trackback
去年の今日は、「野の花によせて」という連弾コンサートをしていました。
一昨年の今日は、翌日の「Nostalgie」というソロ・コンサートのために必死で練習していました。
そして、3年前の今日、母が亡くなりました。

生まれた時から当たり前のように傍にいてくれた人がいなくなるというのは、いくら心の準備ができていたとはいえ、なかなか納得できることではなくて、命日を普通の1日として過ごしたくなかった私は、去年も一昨年も追悼コンサートを企画。

1周忌の時は、
「去年の今日、本番後に病院へ駆けつけた」
「去年の今日、母と最後の言葉を交わした」
「去年の今日、容態が危ないと連絡があった」
と、命日の1週間ほど前から自分の中でカウントダウンが始まり、自分自身の気持ちに区切りをつけるために企画したコンサートだったにもかかわらず、毎日が辛過ぎて練習しながらよく泣いてました。

2年目だった去年は、命日が近くなっても結構平気で、
「時に癒せぬものはない」
とか思ってたにもかかわらず、コンサート当日のトークで母のことを涙なしには語れず・・・。

そして、3年目の今年。
3月にデュオ・リサイタルをしたということもあり、今年はコンサートはなし!
命日までの時間を、初めて穏やかに過ごせました。
ハプニングこそあれ、普通の1日。

週末には、お正月以来の家族全員集合。
みんなのために美味しいお料理を作って、家族の輪の中心にいたかったのは母やろうけど、彼女が亡くなってからは父がその役割をしてくれるようになりました。
3年前とは、家族1人ひとりいろんな状況が変化。
でも、その時々の状況に合わせて変えられる部分は変え、どうしても曲げられない部分は死守して生きていく、そのベースとなる力を作ってくれたのが母なんやろなぁと思います。
口ではガミガミ言いまくりではありましたが、「頑張って生きろ!」というのを自分の生き方をもって示してくれた人でした。

母が夢に出てくることは滅多にないし、久しぶりに出てきてくれたと思ったら、前回の夢では開口一番、
「なんや、あんた!その太っといふくらはぎ!」
と怒られたくらいで(笑)、日常生活では母の存在を感じることってあまりありません。
でも、私の中で勝手な確信(思い込み?)としてあるのは、私がピアノを弾き続けている限り、母の魂(と言っていいのか?)は近くにいてくれるということ。
私、霊感なんて全くないのに、なんでこんなに自信を持って言えるのか、自分でもわからないけれど、舞台の上で独りじゃない気がします。

弟は、母の夢を今もよく見るらしいので、きっと亡き人との関わり方は人それぞれ。
母の存在感が消えてしまわないよう、これからの1年という時間をまた大切に生きていかなきゃなぁと思います。
ぐうたらして太ったら、また夢で叱られそうだ(笑)。

でもね、ホントはね、叱られても化けて出られてもいいから、お母さんに会いたいなぁ・・・。




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