母の思い出に

Posted by музыка on 21.2012 コンサート   2 comments   0 trackback
みなさん、金環日食はご覧になりましたか?
私は、まさか自分が本番翌日の朝7時半に起きれるとは思ってなかったので、日食グラス買ってなかったのですが、なぜか6時過ぎに目が覚めてしまい・・・。
頑張って木漏れ日に目を凝らしてみても、なんだかイマイチよくわからん間に日食終了、です。
残念!

でも、早起きしたおかげで、朝からわんこと窓辺でひなたぼっこしたり、庭の草抜きをしたり、お茶をた~っぷり飲みながらメールを書いたり、とほんわか穏やかな朝を過ごせました。
こんな気持ち、久しぶり。
演奏会の緊張感がないと人生物足りないと思いますが、こういうほわんとした時間もなきゃですね。


昨日は歌笛堂さんでの演奏会「Nostalgie~母の思い出に」にたくさんのお客さまが来てくださいました。
本当にありがとうございました!

母の命日は5月19日。
しばらく前からご近所さんがお花を持って来てくださったり、命日当日にはいろんな所からお花が届いたり、メールをいただいたり。
「あぁ、あれから一年経ったんやなぁ」
と思うと、不思議な気持ちです。

去年の今頃の私の記憶がはっきりしてるのが、5月13日から。
そこからお葬式までのことは、この一年、何度も何度も反芻するように思い出してきました。
でもやっぱり、一年経って同じ日に噛みしめるように思い出すのはそれとは全く違う。
「去年の今日はこうしてた」と思い出しつつ過ごした命日までの日々は、なんだか一歩ずつ死に近づく過程を再体験しているようで、結構辛かった。
一周忌を何事もなく過ごしたくなくて、ちゃんと自分の中でひとくぎりつけたくて企画した今回の演奏会でしたが、最後の数日は、ほんと、こんな計画立てなきゃよかった~、何度も思いました。

でも、母を知る方々も集まってくださって、温かい空気の中で演奏していると、
「やっぱり今日にしてよかったんやわ」と。
チャイコフスキーの四季を全12曲弾き、アンコールはショパンのワルツ3番、a-moll。
私が生まれてきた時に病院でかかっていた曲で、今回はこれ以外のアンコールは考えられませんでした。
でも、弾き終わって裏にはけたら、友人が大泣きしながら来てくれて、びっくり。
他にも何人か泣いておられた方がいるらしい・・・。
私、泣かせるつもりはなかったのに。
ごめんなさい。

ソロで本番の舞台に立つということは本当に厳しく、これってきっと経験してみないとわからないタイプの孤独感。
舞台に出れば自分独り、誰も助けてくれない。
その厳しさに慣れなきゃ、とずっと思ってきました。
もちろん、そうなのですが、今回わかったのは、亡くなった人となら舞台の上でも一緒にいれるんや、ということ。
アンコールを弾いている間は、限りなく母と近かったです。
こんな風に感じられたのは、きっと歌笛堂さんという場所のおかげかな。

四季を全曲弾いたのは今回が初めてで、普段だとあり得ないような想定外のハプニングもあったり、とこれからまだまだ練り上げるべきことが満載ですが、チャイコフスキーにピッタリの音色を持つ楽器で、お客さんの息遣いまで聞こえそうな空間で演奏できて、本当によかった!
今回は、お客さんのためというよりは、私自身のためにどうしてもしたかった演奏会。
課題はいっぱいではありますが、自分の中で、この一年分の思いを昇華できたような気がしています。

来てくださったお客さま、歌笛堂の店長さま、お手伝いに来てくださった方々、そして普段から支えてくれている人たちに、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いいたします!




ひとくぎり

Posted by музыка on 15.2012 ロシア   0 comments   0 trackback
気がつくと、もう5月中旬ですね。
この4月から小学生、中学生になった生徒たち。
それぞれが少~しずつ大人びた表情になり、頼もしいなぁと思って見ています。


もう2ヶ月以上前のことになりますが、モスクワ留学時代の仲良しが日本に遊びに来てくれました。

清水坂

彼女は私より一つ学年が上。
私がモスクワに来てすぐの頃はお向かいさんで、その後部屋は変わったものの、やっぱりご近所さんでした。
中国系マレーシア人で、母国語は中国語と英語、国籍はマレーシアなのでマレー語を話し、確かドイツ語も話せたはず。
そして、ロシア語もペラペラ。
とにかく頭の切れる人で、かっこいい。
キリッとピシッとしてるんやけれど、実は心の中はめ~っちゃあったかくって、でもピリリと皮肉が効いてる部分もあり。
彼女が男性だったら、私の理想のタイプ、です(笑)。
そんな彼女が2泊3日で我が家にやって来て、京都・大阪観光をしました。

一日目は京都。

Yann Shieと京都で

彼女は写真を撮られるのがあんまり好きではなく、彼女1人の写真を載せると多分嫌がると思うので、私のおバカ写真です。
2人でてくてくい~っぱい歩いて、私にとっても、初めての哲学の道や銀閣寺で、観光客気分を満喫しました。
本当は高槻にあるめっちゃ美味しい和食屋さんに行きたかったんやけれど、開店後すぐ電話しても予約で一杯だったので、断念。
せっかくの日本滞在やのに、デパ地下のお寿司と私の手料理での晩ご飯になってしまいました・・・。

二日目は大阪。
大阪城の梅園→心斎橋をぶらぶら→難波でたこ焼き→海遊館→ウチの近所のスーパーで晩ご飯のお買い物→またまたウチで晩ご飯、という忙しいけれどめっちゃ楽しい一日になりました。
桜にはまだ早い季節でしたが、大阪城の梅園は見頃。

Yann Shieと大阪城にて

心斎橋ではメイド姿の子がフツーに歩いてたりで、ただぶらぶらしてるだけなのに全然飽きない!
海遊館も、多分私が前回行ったのは小学生くらいの頃(んんん?その頃海遊館ってもうあったっけ?)だと思うので、ほんと久しぶりで、大阪人の私の方がはしゃいでた気がします。

そして三日目。
晴れたらトロッコ列車に乗りたかったんやけれど、雨で断念。
摂津富田にある私のお気に入りのお蕎麦屋さんへ行きました。

Yann Shieと朝日屋さんで

そして、高槻の駅へ戻り、本当はデパートの駐車場に車を停め、一緒に電車に乗って京都駅まで見送るつもりだったのですが、雨のせいか駐車場が満車。
急遽路肩に停め、バタバタとさよならをすることに。
最後にお互いをギュッと抱きしめて、慌ただしく駅に向かう彼女を車の中から見送っていた時、フラッシュバックのようにある光景を思い出しました。

それは、私が6年のモスクワ生活を終え、本帰国する日のこと。
空港へ向かうタクシーに乗る私を、友達がみんな見送りに出て来てくれて、ハグしてキスして、私はやっぱり大泣きして。
あの時は彼女が私を見送る役で、「ナツコ、泣いたらあかん」って言ってくれたんやっけ。
それでも、自分の大切なものを全てモスクワに残していってしまうような気がして、本当に身を引き裂かれるような思いでした。

そのことを思い出し、彼女が私の見送りをずっと断っていて、そそくさと1人で駅へ向かって行ったことに納得。
だって、一緒にいる時間が増えれば増えるほど、絶対私また泣いてたわ、という確信があります(笑)。
あ~、進歩ないなぁ。

私がモスクワにいた間、日本から友人は一人来てくれたけれど、家族は一度も来てくれませんでした。
そりゃ、私がどんなに大変な生活かをしょっちゅうぼやいてたんやから、躊躇して当然ですね・・・。
そのせいもあってか、私にとってロシアと日本は決して同時には存在しえない二つの世界でした。

ロシアにいれば、日本はいくら手を伸ばしても届かないところにあり、日本にいればロシアは夢(悪夢?)の中の国のよう。
共通点なんて皆無。
でも、仲良しの彼女が来てくれて、日本の自宅でロシア語を喋って、父も一緒に晩御飯を食べて、としているうちに、私の中で初めてロシアと日本に接点ができたような気がしました。
あぁ、あのロシアでの6年間は夢でも幻でもなかったんや、って。
なんだか、自分の中のいろんな気持ちにやっと一区切りがついた感じです。

そして、もう一つ、大切な一区切り。
19日は母の一周忌です。
去年の今頃のことを一つひとつ、思い出しながら、自分の中の気持ちを整理しつつ、カウントダウン。
この1週間、一日一日を噛みしめて大切に生きたいと思います。




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