旅立ち

Posted by музыка on 07.2011 日々徒然   6 comments   0 trackback
一部の方にはお伝えしましたが、母が5月19日に62歳で亡くなりました。
未だに現実感がなく、病院へ行けば母に会えるような、電話すれば声が聞けそうな気がします。

「全てを神様に委ねたい」と5月2日に洗礼を受けてからは、徐々にこの世のしがらみやいろいろな負の感情から開放され、だんだん顔が穏やかになってゆき、最期はとっても可愛らしい顔で亡くなりました。
それは、私が想像していた死というものとは全く違って、当たり前のこととして一日一日を生き、当たり前のこととして死んでゆく、とても自然なできごとでした。
自分の病気をあっけらかんと受け入れていた母だったからかもしれませんが、残された家族も、長~い心の準備期間を経た今、しっかり毎日を過ごせています。


「髪の毛を失う位なら死んだ方がマシ」
とこれまで抗がん剤治療を拒否してきた母をうま~く説得してくださったお医者さんのおかげで、本来ならば去年の春には終わっていたはずの母の人生は、本人にとっても、家族にとっても、贅沢なオマケをもらったみたいに1年延びました。

去年のゴールデンウィーク前に退院してからは、私よりもはるかに元気に飛び回っていましたが、薬に耐性ができてしまい、クリスマス前に再入院。
今年1月末には使える薬がなくなって、淀川キリスト教病院のホスピスに入りました。
その時点では、
「2月いっぱいはもたないでしょう」
と言われていたのに、奇跡的に安定した状態が続き、2月末に一時退院してきて、4月半ばまで自宅療養。
薬を飲むための水が喉を通らなくなってホスピスに戻ってからも、
「お母さんってほんましぶといやろ~」
と自慢するくらい、元気な気持ちで過ごしていました。

癌の痛みはものすごいらしいので、母は絶対大変だったはずなのですが、洗礼を受けたことと、最後の2週間ほどは父が部屋に泊まり込んでずっと傍に付き添っていたことで、これまでにない位穏やかな表情でとっても幸せそうで、こんな言い方は変かもしれませんが、私もあんな死に方ができれば、と羨ましいくらいです。
私が物心がついた頃から、
「お母さんは綺麗な間に死にたいねん!」
と言ってたので、娘の私よりもつやつやの顔で、結婚前に自分で編んだ細身のワンピースを着てお棺に入った母は、きっと本望やったはず。
みんなに綺麗と褒められて、天国で嬉しそうに得意顔をしている母の姿が目に浮かぶでしょ?


今、我が家の玄関には、母がお気に入りの服を着て微笑んでいる遺影が飾られ、その周りにはいろんな方からいただいたお花がい~っぱい。
お気遣いいただいたみなさん、残された私達家族を心配してくださっているみなさん、本当にありがとうございます。
私達が忘れない限り、母の気持ちは生き続けると思うので、
「おもろいおばちゃんやったなぁ」
と、みなさんの心の片隅に母の思い出を住まわせてあげてくださいね。





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