進歩?

Posted by музыка on 22.2009 コンサート   2 comments   0 trackback
「ピアノって、鍵盤を底まで押さえなくても音が鳴るんやで、なっちゃん」
「ナツコ、手は鍵盤に置くだけでええんや、押さえるな!」
「大きな音を聞いたら、お客さんは何度かはビックリしてくれるかもしれないけれどね、本当に感動するのは小さな音なのよ」

これまでに私が友達や先生方に言われてきた言葉です。
昔から重ための曲が好きだった私。
ピアノという楽器を極限まで鳴らし切るロシアンスタイル(=大きいことはいいことだ)を地でいく先生が求めるままに、必死で楽器の鳴らし方を身につけようと努力してきました。
でも、155㎝の身長で熊のようなロシア人に追いつこうとすると、やはり身体に負担がかかっていたようで、モスクワでの最後の年に腱鞘炎になってしまい・・・。

おそらく「お前の弾き方は間違ってる」という身体からのサインだったのだと思います。
ロシアンスタイルは大好きですが、その良さを取り入れつつ、「自分のスタイルを考えなさい」と。

そこからフォームの見直しが始まりました。
「こうかな?」
「やっぱちゃうなぁ・・・」
毎日がこの繰り返しで、いくら普段の練習で
「何か手掛かりがつかめた!」
と思っても、本番の緊張感の中ではいつの間にか元の弾き方に戻っていたり。
落ち込んだ時には、
「30年近くかけて積み上げてきた身体のクセを短期間で修正するというのは不可能やんなぁ」
と自分を慰めてみたり。

私が目指しているのは、体幹はどっしりと安定し、腕はpppからfffまで自由に重さをコントロールできる身体。
でも、これまでfffの方へ幅を広げようとしてきた私には、これがまた死ぬほどムツカシイ。
鍵盤をピアニッシモでなでたつもりが、すこーんと音が鳴らなかったり。
今まで力で押しまくっていたのがよぉ~くわかります。

二つ目は、頭と手が直結すること。
焦った時は心の状態がモロ演奏に出てしまうのに、「こんな音を出したい」と思ってる時は、何度繰り返してもなかなか理想の音が出ないのはナゼ?

もう、毎回の本番が挑戦です。
うまくいく時もあれば、何のために練習してきたのか、とピアノをやめたくなるような時も多々あり。

でも、昨日、本番後に思いもかけないお褒めの言葉をいただきました!!!
それも一緒に弾いたパートナーと私の演奏をずっと聴いてくれている友人から。

「なっちゃんは弱音が武器やと思うわ」
「演奏が繊細になってきたんちゃう?」

ひぇぇ~~~!?
ほんま~???
そんなこと初めて言われた~!
私のウリは突っ走るエネルギーやと思ってたのに。
(イメージは、猛走するミニブタ?イノシシ?)
なんか、試行錯誤が報われた感じで、また壁にぶち当たって砕けるまでは、しばらくこの方向性で突き進んでみようと思います。

今回は、ヴァイオリンソナタということで、一緒に練習している間にヴァイオリニストからいっぱいアイデアをもらいました。
彼女の求めるレベルについていけるようにと練習することで、私の表現の幅も少しずつ広がってきてるのかもしれません。
こうしていろいろ考えて刺激を受けて一緒に音楽を作り上げていくのが室内楽の醍醐味、かな。

来てくださった皆さま、本当にありがとうございました。
きっときっと、またすぐに壁にぶつかって自滅してると思うので、そういう時はどうか客観的なアドヴァイスをよろしくお願いします。





憧れの職業

Posted by музыка on 18.2009 日々徒然   2 comments   0 trackback
小さい頃なりたかった職業って何ですか?

お花屋さん、ケーキ屋さん、学校の先生、パイロット、電車の運転手さん・・・
人それぞれいろいろありますよね。

じゃあ、自分の能力に関係なく、一度やってみたかった憧れの仕事って何ですか?

私の憧れの職業は、笑われるのを承知で言っちゃうと、「バレリーナ」。
人間の身体が表現できる極限の美しさ、舞台から醸し出される空気等々がめちゃめちゃ好きです。
楽器の中なら、ダントツの憧れナンバーワンは、ヴァイオリン。
こちらは、大学の副科で取ったものの、ギコギコ音から脱出できず。
いつか趣味としてまた弾きたい!
伝統工芸の職人さんとかも、文化をコツコツと引き継いでる感じがして、カッコいいなぁ。
手先が器用やったら修行してみたいかも。


こんなことを考えてるうちに、いつの間にかピアノを弾くのが私の仕事となりました。
バレリーナほどではないものの、小柄な身体とあんまり大きくない手、身体的にはそんなに向いているとは言えませんが、他の楽器よりもやっぱりピアノの方が向いてるかも、ということにふと思い当りました。

そのきっかけは・・・

私の友人に、よくオーケストラで弾いているヴァイオリニストがいます。
ヴァイオリンは、交響曲にしろオペラにしろ出ずっぱりの弾きっぱなし。
もうすぐオペラの本番があるというので、
「大変やなぁ、体力勝負やし頑張ってな~」
とメールすると、
「管楽器みたいに、自分が弾くまでに何百小節も数えなあかんのも大変やけどな」
という返事が返ってきました。

そこで私の頭の中に浮かんだ光景:
オーケストラで管楽器を吹いている私。
その1) 自分が弾く部分を待っている間に、例によって例のごとくボ~ッとして、入るのを忘れる。
その2) 頑張って小節数を数えるものの、途中で数がわからなくなってパニック。
その3) 今日こそは!とリベンジをかけて小節を数え自信を持って入ると、全然違う場所だった。

どれも本当にありそうでしょ?
なにしろ、バスを降り忘れたり、たった5つ先の駅で降りるのさえ間違えそうになる私です。
オーケストラなんて絶対ムリ。

伴奏する時はいつも、
「ソリストは間奏があって息継ぐ暇があるのに、ピアノはなんで弾きっぱなしなんやろう、ずるいわ」
と悔しく思っていたけれど、ずっと弾いているということにもそれなりのメリットはあるということに気がつきました。

ピアノを弾くために生まれてきたような人たちをたくさん見てきた今、
「これが私の天職よ!」
なんて口が腐っても言えませんが、マイペースで集団生活が苦手な私には、きっとピアノが一番しっくりくる楽器なんだと思います。
ピアノさんと出会って恋に落ちちゃったのも何かのご縁。
この仕事をコツコツと大切に続けていきます。




ピエロ鼻

Posted by музыка on 11.2009 コンサート   4 comments   0 trackback
モスクワでの知り合いに、セリョージャという歌手がいました。
学校やら道端やらでわざと気付かなかったふりをして通り過ぎようとすると、必ず視界に割り込んできて自分の存在をアピールしていくという、底抜けの目立ちたがり屋。
ピアノ弾きの私には到底理解できなかった彼の名言(迷言?)に、こんなのがあります:

「ステージに出て、お客さん全員がオレのことを見ていると思うと、嬉しすぎて涙が出る!」

・・・・・・・・・・・・・・。
死ぬまでに一度でもそんなこと言ってみたいワ。



さて、このところ、風邪で死んでおりました。
呼吸器系の弱い私は、風邪気味でジャズが似合いそうなハスキーヴォイス、っていうのは日常茶飯事ですが、今回はそれを遥か通り過ぎて完全に「男」。

そんな中、なんとなんと、歌手デビュー!
とはいっても合唱の一員としてですが。

鼻は詰まってピエロみたいやし、喋り始めたらゴホゴホむせるし、
「こんなんで歌えるんやろか・・・」
と心配でしたが、
「人間ってすごいなぁ」
と思ったのは、舞台に出たとたん鼻が通ったこと。
この1週間ほどで、鼻がスッキリしたのは後にも先にもこの時だけ。

3列になって台に整列すると、
「ゲゲゲッ!お客さんの顔がもろに見えるよ・・・」
表情まで見えるっていうのはすごいプレッシャーですね。
ここで、悔しいけれど、歌手のギャラが高いことに納得。

最初にバッハのカノンを歌い始めると、すご~く手持ち無沙汰。
「手は下ろしたらええんやろか?それともちょっとスカートの陰に隠した方がいいかな?」
ここで、自分のそばにいつもピアノという楽器がいてくれることに感謝。

次にバッハのカンタータをピアノ伴奏で歌い始めると・・・

ピアノって舞台上でこんなにきれいな音で響いてるんですね。
いつもは鍵盤にかじりついてる側なので、ピアノのおしり側で音を聴くことなんてまずありません。
冒頭のセリョージャの言葉がちょっとわかりそうなくらい、なんだかとっても気持ちよかったです。

伴奏って、どちらかといえばソロを和声で支える縁の下の力持ちだと思っていたけれど、こんな風に共演する者をいい気分に乗せられるやなんて素敵な役やわぁ、と今度伴奏するのが楽しみになりました。





先生の力

Posted by музыка on 02.2009 日々徒然   4 comments   0 trackback
この週末、ヴァイオリニストの友人の門下発表会の伴奏をしてきました。
(勝手にブログネタにしちゃってごめん・・・。)
下はマメのようなちびっ子から、上はしっかりした高校生まで、ほとんどは趣味でヴァイオリンを習っている子達の晴れの舞台です。

私の友人自身とっても素敵な演奏をするのですが、彼女の生徒たちの演奏を聴いて、やっぱり先生って大事やなぁ~、と改めて思いました。
というのも、当然プロみたいに音程は正確ではないし、テンポがゆっくりめだったり、暗譜が飛んじゃったりとハプニングがあっても、伴奏していてすごく楽しいのです。
音程がずれるとエライことになってしまう楽器にも関わらず、全然腹が立たないし、一緒に何かを作り上げたくなる。
これって、すごいことやと思います。
先生の音楽性がきっといつの間にか生徒たちに沁み込んでるのでしょうか。

子どものコンクールを聴いていてよく感じるのは、子どもというのは、程度の差こそあるものの、大人とは比べ物にならない大きな可能性を秘めているということ。
でも、その子の可能性と先生のレベルが釣り合ってないなぁ、と残念に思うことも多々あり。
「この子なら、新しい世界をちょっと見せてあげるだけでガラッと演奏が変わるやろなぁ。」と。
でも、聴いているだけの私には何もできず・・・。
だから、せめて自分の生徒の成長を阻まないように!と自戒するようにしてます。

演奏することと教えることはお互いがお互いを補い合って循環している輪っかのようなもの。
先生自身が常に新しいことに挑戦して前進してないと、教える時のネタが尽きてしまいます。

さぁて、私も頑張ってネタ作りしなきゃ。

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