ひとくぎり

Posted by музыка on 15.2012 ロシア   0 comments   0 trackback
気がつくと、もう5月中旬ですね。
この4月から小学生、中学生になった生徒たち。
それぞれが少~しずつ大人びた表情になり、頼もしいなぁと思って見ています。


もう2ヶ月以上前のことになりますが、モスクワ留学時代の仲良しが日本に遊びに来てくれました。

清水坂

彼女は私より一つ学年が上。
私がモスクワに来てすぐの頃はお向かいさんで、その後部屋は変わったものの、やっぱりご近所さんでした。
中国系マレーシア人で、母国語は中国語と英語、国籍はマレーシアなのでマレー語を話し、確かドイツ語も話せたはず。
そして、ロシア語もペラペラ。
とにかく頭の切れる人で、かっこいい。
キリッとピシッとしてるんやけれど、実は心の中はめ~っちゃあったかくって、でもピリリと皮肉が効いてる部分もあり。
彼女が男性だったら、私の理想のタイプ、です(笑)。
そんな彼女が2泊3日で我が家にやって来て、京都・大阪観光をしました。

一日目は京都。

Yann Shieと京都で

彼女は写真を撮られるのがあんまり好きではなく、彼女1人の写真を載せると多分嫌がると思うので、私のおバカ写真です。
2人でてくてくい~っぱい歩いて、私にとっても、初めての哲学の道や銀閣寺で、観光客気分を満喫しました。
本当は高槻にあるめっちゃ美味しい和食屋さんに行きたかったんやけれど、開店後すぐ電話しても予約で一杯だったので、断念。
せっかくの日本滞在やのに、デパ地下のお寿司と私の手料理での晩ご飯になってしまいました・・・。

二日目は大阪。
大阪城の梅園→心斎橋をぶらぶら→難波でたこ焼き→海遊館→ウチの近所のスーパーで晩ご飯のお買い物→またまたウチで晩ご飯、という忙しいけれどめっちゃ楽しい一日になりました。
桜にはまだ早い季節でしたが、大阪城の梅園は見頃。

Yann Shieと大阪城にて

心斎橋ではメイド姿の子がフツーに歩いてたりで、ただぶらぶらしてるだけなのに全然飽きない!
海遊館も、多分私が前回行ったのは小学生くらいの頃(んんん?その頃海遊館ってもうあったっけ?)だと思うので、ほんと久しぶりで、大阪人の私の方がはしゃいでた気がします。

そして三日目。
晴れたらトロッコ列車に乗りたかったんやけれど、雨で断念。
摂津富田にある私のお気に入りのお蕎麦屋さんへ行きました。

Yann Shieと朝日屋さんで

そして、高槻の駅へ戻り、本当はデパートの駐車場に車を停め、一緒に電車に乗って京都駅まで見送るつもりだったのですが、雨のせいか駐車場が満車。
急遽路肩に停め、バタバタとさよならをすることに。
最後にお互いをギュッと抱きしめて、慌ただしく駅に向かう彼女を車の中から見送っていた時、フラッシュバックのようにある光景を思い出しました。

それは、私が6年のモスクワ生活を終え、本帰国する日のこと。
空港へ向かうタクシーに乗る私を、友達がみんな見送りに出て来てくれて、ハグしてキスして、私はやっぱり大泣きして。
あの時は彼女が私を見送る役で、「ナツコ、泣いたらあかん」って言ってくれたんやっけ。
それでも、自分の大切なものを全てモスクワに残していってしまうような気がして、本当に身を引き裂かれるような思いでした。

そのことを思い出し、彼女が私の見送りをずっと断っていて、そそくさと1人で駅へ向かって行ったことに納得。
だって、一緒にいる時間が増えれば増えるほど、絶対私また泣いてたわ、という確信があります(笑)。
あ~、進歩ないなぁ。

私がモスクワにいた間、日本から友人は一人来てくれたけれど、家族は一度も来てくれませんでした。
そりゃ、私がどんなに大変な生活かをしょっちゅうぼやいてたんやから、躊躇して当然ですね・・・。
そのせいもあってか、私にとってロシアと日本は決して同時には存在しえない二つの世界でした。

ロシアにいれば、日本はいくら手を伸ばしても届かないところにあり、日本にいればロシアは夢(悪夢?)の中の国のよう。
共通点なんて皆無。
でも、仲良しの彼女が来てくれて、日本の自宅でロシア語を喋って、父も一緒に晩御飯を食べて、としているうちに、私の中で初めてロシアと日本に接点ができたような気がしました。
あぁ、あのロシアでの6年間は夢でも幻でもなかったんや、って。
なんだか、自分の中のいろんな気持ちにやっと一区切りがついた感じです。

そして、もう一つ、大切な一区切り。
19日は母の一周忌です。
去年の今頃のことを一つひとつ、思い出しながら、自分の中の気持ちを整理しつつ、カウントダウン。
この1週間、一日一日を噛みしめて大切に生きたいと思います。




モスクワ写真集

Posted by музыка on 21.2010 ロシア   2 comments   0 trackback
6年間のモスクワ留学から帰国して4年が経ちました。
帰国直後は自分を2つに引き裂かれたような気持ちで、手紙を書こうとしても便箋が涙でびしょびしょ。
モスクワの写真も、いろいろ思い出すと日本にいる自分が辛くなるだけなので、全然見ず。
最近やっと落ち着いて振り返ることができるようになってきたので、少しずつ写真をアップしていこうと思います。
とはいっても、私は留学中はデジカメを持っていなかったため、誰かに撮ってもらった写真ばかりですが・・・。
いつかスキャナーを買ったら、私自身の写真もアップしていきます!

Храм Христа Спасителя
xramxristaspasitelya
直訳すると「救世主キリストの大聖堂」でしょうか。
宗教が禁止されていたソ連時代には、もともとあった教会が潰されてプールになっていたそうな。
それをロシアになってまた教会に戻したので、まだ新しい教会です。
観光名所ではありますが、正直言うと私はキライ。
ロシア正教会は金箔をたくさん使うのですが、金箔が新しすぎて内も外も金ピカすぎて品がない・・・。
とはいえ、青空に映える教会はキレイですね。

Матрёшки
マトリョーシカ
ご存知、マトリョーシカ。
これは、お土産を買うならココ!というくらいいろいろ揃っているイズマイロフ公園にて。
マトリョーシカと言っても、入れ子になっている個数も表情も色もデザインも、星の数ほどあります。
なのに、惚れこんじゃうほど好きなのには、なかなか出会えません。
私は6年間で運命の出会い(?)をしたのは2つだけ。
いつかその写真も載せたいと思っています。

Московская Государственная Консерватория имени Чайковского
モスクワ音楽院
我が母校、モスクワ音楽院です。
懐かしい・・・。
写真を見ると、今も心の奥がチクリと、キュンとします。
建物は、私がいた頃既にボロボロで、チャイコフスキーコンクール本選会場である大ホールの2階席の一部は、人がたくさん座ると床が抜けそうで、立ち入り禁止になってました。
もう改装は終わったんやろうか・・・。

Владимир
ヴラディーミル
モスクワ郊外の町、ヴラディーミル。
不器用な私は、6年間も留学していたにもかかわらず、授業と遊びの両立が苦手でした。
だから、なかなか郊外へ観光へも行けず・・・。
結局この町へ行ったのも卒試が終わってから。
モスクワは一応都会ですが、ヴラディーミルは日本人がロシアの田舎を思い浮かべたそのままのような町です。
何もかもが広~~~い!
旅行へ行かれる方は、モスクワから日帰りで行けるのでオススメです。

Красная площать
赤の広場
赤の広場の中の建物の一つ。
ロシアには「赤=美しい」という考え方があるので、赤の広場は「美しい広場」という意味でもあります。
音楽院から近い上にГУМ(グム)というデパートがあるため、赤の広場へは何度も行きましたが、毎回ファンタジーの世界に迷い込んだような、魔法使いが箒に乗って飛び回っていそうな気分になりました。
ハリー・ポッターの読みすぎでしょうか・・・(笑)。

Кремль
クレムリン
クレムリンの中の教会。
赤いレンガ色の建物が多い中、この教会はおとなしめ。
でも、「大きいことはいいことだ」というロシア式思考のためか、で~っかいです。
クレムリンというのは、固有名詞ではないってご存知でしたか?
私は初めて知った時、ビックリしました。
古代ロシアにおいて、塔や城壁をもった要塞のようなものを指したようです。
なので、○○街のクレムリン、△△町のクレムリン、というように、他の場所にもあります。


ロシアの諺

Posted by музыка on 08.2008 ロシア   3 comments   0 trackback
今、ロシアの諺についての本を読んでいます。
「諺で読み解くロシアの人と社会」
これまでなかなか巧く使いこなせなかった、というかあまりよく知らなかったロシアの諺。
古語が使われていたり、語呂合わせや韻を踏むためにアクセントの位置が変わったり、と外国人にはちょっとムツカシイ。
でも、この本ではそういう難所も丁寧に説明してくれているので、とても読みやすいのです。
この本の中から、私が「ほ~、なるほど。」とか「そう、そうやねん!」とか感じたものをいくつか紹介したいと思います。

まずはロシア人のブラックユーモアが表れているものから:
Дурака учить---что мёртого лечить.
(ドゥラカー ウチーットゥ、 シトー ミョールタヴァ レチーットゥ)
「馬鹿を教えるのは死人を癒すようなもの」

皮肉っぽいけれど、こうやって腹立たしい気持ちをピリッとスパイスの効いた表現として人に言えるって、日本流に溜め込んじゃうよりいいかも。
こういうタイプの作曲家はプロコフィエフかな。

諺ではないのですが、指はよく回るけれど全然頭を使っていない演奏に対するコメントとしてよく使われる表現に、Голова пустая. (ガラヴァー プスターヤ)「頭空っぽ」というのと Мозга нет. (モーズガ ニェット)「脳みそなし」というのがあります。
空っぽでも頭がある間はまだマシだ、脳みそ自体が無いよりは、という風に解説されました・・・。
やっぱりロシア人はキツい。

ロシア人は「諦めの国民」でもあります。
到底逆らえない自然の脅威の前にそうなったのでしょうか:
Пришла беда, отворяй ворота. (プリシュラー べダー、アトゥヴァリャイ ヴァラター)
「災難が来たら門を開けよ」 (=災難は続いて起こるものだから、覚悟せよ)

日本だと「鬼は~外、福は~内!」なのに、良きも悪きも全て運命、というのがいかにもロシア。
昔から自然と共存してきたと言われるように、働き方次第で自然さえもなんとか手の内に収められてしまえる気候の日本と、どうひっくり返っても人間の力ではどうにもならない気候のロシア、運命に対する感覚が違っても当たり前ですね。

最後になんだか目の前に光景が浮かんできそうな諺を一つ:
Один с сошкой, семеро с ложкой.
(アディーン ス ソーシュコイ、 スェーメラ ス ローシュコイ)
”One with a spade, seven with spoons." という感じでしょうか。
日本語にすると、「鋤を持つ者(=扶養者)は一人、匙を持つ者(=被扶養者)は七人」。
一生懸命働いているお父さんと、家でお腹をすかせて待っている子供達の姿が見えてきそうです。

ロシア語は、やはりアルファベットが違うので、未経験者には発音を予測することさえ不可能ですが、非常に韻の踏みやすい抑揚のある言語なので、発音をカタカナで書いたものを一度声に出して読んでみてください。

ウラディーミル・ガルージン

Posted by музыка on 07.2008 ロシア   3 comments   0 trackback
去年のサイトウ・キネン・フェスティヴァルにも出演していたテノール歌手、ウラディーミル・ガルージンのインタヴューを読んでいて、面白かったので、一部載せてみます:

現在、観客にとっては音楽家の質よりも、知名度の方が重要だ。私はよく、とっくに年金生活に入っていた方がいいような往年のスター歌手達と共演するが、彼らの声よりも膝がガクガク軋む音のほうが大きいくらいだ。しかし、観客は、まるでつんぼのゾンビであるかのように、こちらが恥ずかしくなるほど熱烈な拍手を送る。
「名声」や「スター」とかいった言葉を聞くと不安になる。というのも、そういう言葉は価値を下げるからだ。例えば、私は舞台人としてのアンドレア・ボチェッリは好きだ。彼はとても感じのいい人間だが、オペラ歌手としてはちょっと・・・。しかし彼はスターであり、困ったことに、大部分の観客は、彼の舞台こそが真の、そして最高のオペラであると信じ込んでいる。
だから私は自分の宣伝にびた一文出す気はない。それは私がどケチであるからではなく、ただ単にそれが必要だとは思わないからだ。ペプシがそこいらじゅうで宣伝しているのに対して、30年物のフランスワインの宣伝はされていない。なぜなら、そういうワインを飲むのは本当に味のわかる人間だけだからだ。

この皮肉の効き方がいかにもロシア人。
でも、このペプシ云々のオチで、「カッコいい~!」と惚れこんでしまいました。
拙訳でこのロシアン・ユーモアが伝わったかしらん。

ボリス・ペトルシャンスキー先生

Posted by музыка on 13.2008 ロシア   1 comments   0 trackback
2月10~12日の3日間、京都旭堂楽器店と心斎橋ヤマハで、イタリアのイモラ音楽院で教鞭を取っておられるボリス・ペトルシャンスキー先生のレッスン通訳をさせていただきました。
昨年に引き続き2回目となるのですが、やはり惚れ惚れとするようなレッスンをされます。
受講された方々のレベルも非常に高く、とても充実した3日間となりました。

「私には自分自身のメソッドは無いが、常に生徒に新しい世界を見せてあげられるよう心がけている」
「生徒に必要なのは、口先で大義名分を言う先生ではなく、実際に自分の身体をどのように使い、どのように音楽を組み立てていくかを示してくれる先生だ」
その言葉通りの素晴らしいレッスンでした。

彼の名言集の中から、なるほど、と思った言葉を一つ:
「自分では決して楽譜に書き込むな。一度書き込んだら、それだけで実行した気になってしまうからだ。」

レッスン通訳

Posted by музыка on 12.2007 ロシア   0 comments   0 trackback
10月18日に名古屋栄カワイで、ヴィクトル・リャードフ先生のレッスン通訳をさせていただきました。
満員のサロンの中でユーモアを交えながらレッスンしていかれるので、ロシア語での笑いのニュアンスが観客にうまく伝わるか心配でしたが、先生が冗談を言われる度に客席からドッと笑い声があふれたので、ホッとしました。

前回の通訳の時にも感じたことですが、
「ピアノという楽器でいかに美しい小さな音を出すか」というのを非常にわかりやすく説明してくださる方です。
たった一言で生徒の演奏をがらりと変えてしまう魔法を目の当たりにして、私も生徒に新しい世界を開いてあげられる先生になりたい、と目標を新たにした一日となりました。

夕方には先生のサロン・コンサートがありました。
リストの伝説から始まって、ドヴォルザークのあまり演奏される機会はないけれど非常に美しい小品を数曲(リャードフ先生が日本でレッスンした時にある生徒が弾いたのをきっかけに、自身のレパートリーに加えられたそうです)、最後にラフマニノフの楽興の時より3曲。
久しぶりに本物のロシア人の音、ロシア人の音楽の組み立て方を聴けて、幸せなひとときでした。

レッスン通訳

Posted by музыка on 02.2007 ロシア   0 comments   0 trackback
先日、カワイ梅田ショップで、ピアニストであるヴィクトル・リャードフ先生のレッスン通訳をさせていただきました。
生徒のレベルに合わせて話す内容を変え、多彩な音色を示される方でした。
テクニックの問題点を一つずつ取り除いたり、暗譜がしやすくなるように和声の骨組み構造を示したりするだけでなく、曲を理解する手がかりとして短歌を日本語で暗誦して、私達日本人にわかりやすいように説明してくださる親切な先生です。
通訳者の役得で、自分が生徒を教える上で役に立つ鍵をたくさんもらえたレッスンでした。
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